ロシア文学読書会~ミーチャの愛~

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第七回 Митина любовь

原文はこちら И. А. Бунин. Митина любовь. Текст произведения. VII (ilibrary.ru)

 

長い春の薄闇がやって来たのは随分前、雨雲のせいで暗く、重たいワゴンは草木の生えていない土地やうすら寒い荒野の中で轟音を立てていた―荒野の中はまだ春というには早すぎた―車掌が切符を見ながらワゴンの廊下を歩いてゆき、ランプにろうそくを差し込む。一方ミーチャは彼の唇に残っているカーチャの手袋の匂いを感じながら、ガタガタ鳴る窓の傍に立ち尽くしていた。まだすべてが最後の別れの瞬間の激しい炎の中で燃えていた。


そしてとても長いモスクワの冬のすべて、幸福ながらも辛く、彼の人生をすべて変えてしまった冬は丸ごとそっくり、既に全く新しいこのような世界の中で、彼の前に立ちはだかっていた。新しい世界の中で、新しいところでも、彼の前に立っているのはカーチャだった。そうだ、そうだ、彼女は誰で、一体何なのだ?愛か、熱情か、魂か、体か?それは何かなのか?何でもない、何か別のものだ、全く違うのだ!ここには手袋の香りがある―果たしてこれもまたカーチャその人ではなく、愛でもなく、魂でもなく、体でもないのか?農夫、ワゴンで働く人、自分の不格好な子どもをトイレへ連れて行く女性、がたがたゆれるランプの中にあるぼやけたろうそく、春の荒野の薄闇―全て愛であり、全て魂であり、全て苦悩であり、全て言い表すことのできない喜びだった。

朝、オリョールで、長距離(列車)のプラットホームの近くで地方列車の乗り換えがあった。それは、30年代の王国のどこかですでに始まった、カーチャを中心としたモスクワの世界と比べると、なんてシンプルで、穏やかで、ありのままの世界なのだろう、とミーチャは感じた。そのカーチャは、今は孤独で哀れで、愛おしく、ただただ弱々しい!


空も、あちこちに淡い青色の雨の雲が散りばめられ、風もやさしく穏やかだった…。オリョールからの列車は、急ぐことなく進み、ミーチャは急ぐことなく、ほとんど誰もいない車内に座って、トゥーラ製の押し型入りクッキーを食べた。 それから列車は速度を上げ、彼を疲れさせ、眠りについた。
彼は上の階で目を覚ました。 列車が止まって、地方であるのに、かなり混んでいて賑やかだった。駅のキッチンの煙が、良い匂いをさせていた。ミーチャはシシー(キャベツのスープ)を喜んで平らげ、ビールのボトルを明け、それから再び居眠りをした。深い疲労が彼を襲った。そして、彼が再び目を覚ましたとき、列車はすでによく知った春の白樺の森を走り、最後の駅の直前だった。
再び春のように薄暗く、開いた窓からは雨やキノコのような匂いがした。森はまだ完全に裸だったが、それでも列車の轟音は野外よりもはっきりと聞こえた。遠くでは、駅の悲しい明かりが遠くでちらついていた。


ここに手信号の背の高い緑色の光があった。―特に、白樺の裸の森の夕暮れの中では、魅力的だった。―そして列車は、大きな音を立てて、軌道を変え始めた...ああ、田舎の哀愁の中、プラットフォームで坊ちゃんを待つ労働者!