ロシア文学読書会~ミーチャの愛~

ロシア文学読書会をしています

第九回 Митина любовь

原文はこちら И. А. Бунин. Митина любовь. Текст произведения. IX (ilibrary.ru)

 

大人になってから実家に住むのは彼にとって初めてで、母親でさえも以前とはどこか違ったように振舞っているが、重要なことは彼の魂に初めての真実の愛が宿っていることであり、まさに彼が幼少期、少年期から秘密裏に彼の全身全霊で待ち望んできたものが既に実現しているということだった。
まだ幼年期に、驚くほど秘密裏に、人間の言葉では言い表せないものがどこかで蠢いていた。いつか、どこかで、同じように春、庭のライラックの傍に違いない、スパニッシュフライの鼻を突く匂いが記憶に残っている―彼は全く子どもで、誰か若い女性の隣に立っているーおそらく彼の子守だろうーそして突然、何かが、彼の前に、天の光でぱっと輝くようにー彼女のその顔ではなく、サラファンに包まれた胸でもなく、何かが熱い波として、彼の中でさざめいていたのだった、それは本当に母親の胎内にいる子どものようだった…。しかしそれは夢のようであった。全く夢のようでありながら、その後、幼少期、思春期、学生時代全てにあり続けた。

子供のための休日に、母親と一緒に来た女の子の一人一人への賞賛、この魅力的なすべての動きに対する秘密の貪欲な好奇心だが、特別で、他とは異なっていた。それは、ドレスと靴を身にまとい、頭にシルクのリボンを付けた、他とは異なる小さな生き物だった。
(これは後に、地方都市で)ほぼすべて秋に続き、隣の庭のフェンスの後ろの木に、夕方しばしば現れた女子中学生を、すでに、より意識していた。…彼女の活発さ、小馬鹿にしたような、茶色のドレス、彼女の髪の丸い髪留め、汚れた手、笑い声 、響く大声。
——ミーチャは、朝から晩まで彼女について考えるようなことはすべて悲しく、時には彼は泣きさえし、飽きることなく、彼女に何かを求めていた。
それからそれは、どういうわけかそれ自体で終わって、忘れられた。そして多かれ少なかれ、また再び親密な興味、体育館のホールで突然恋に落ちる、尖った喜びと悲しみがあった…身体に、心に、漠然とした予感、何かへの期待があった。"
   彼は農村で生まれ育ったが、ある年を除いて、彼の意志に反して、中学生(学生)として市内で春を過ごしていた。その一昨年、彼はマースレニッツァ(懺悔節)に村に到着したとき、病気になって、回復して、3月と4月の半分を実家に留まった。それは忘れられない時間だった。

 

2週間ほど彼は寝て、ただ窓から日々暖かで空の光があふれる世界で成長してくと共に変化していくものを、雪を庭をそこに生える木の幹を、枝を見ていた。彼は見ていた。朝に部屋が太陽によって明るく暖かくなったために、窓に活発なハエ達がはい回っているとことを…そう、別の日の午後の時間に太陽が家の向こう、つまり別の方向へ隠れていくとともに窓の上の青白い春の雪が水色に変わることを、そして青空の、木々の頂点にかかる大きな白い雲を、…また次の日には曇りがちの空に穿たれた明るい隙間を、樹皮の湿ったきらめきを、窓の庇から絶え間なく垂れるため気持ちを喜ばせ、見飽きることのない雫を。暖かな霧が出、雨が降った後、幾日かのうちに雪は消えていき、川は動き出し、喜び、新たに黒くうねり、家にも、庭にもその顔を出し始めた。長い間ミーチャの記憶に残っていたのは3月終わりのある日、彼が初めて野原の高くなった場所まで行った時であった。空は明るくなく、しかし鮮やかに、若く、青白く、モノクロな庭の木々の中で光り輝いていた。野原はまだいきいきと呼吸し、収穫後の畑は荒れ、赤茶けていた。一方耕作された場所、すでに既にからす麦用に耕作されたその場所は、油っこく光り、野生的な力によって黒々と開墾されていた。


彼はこの畑と森を切り開いた土地の隅々まで行き尽くし、澄んだ空気の中で森を遠くから見た。まっさらで小さく、隅から隅までよく見えた。その後、窪地に降りて、太く茂った昨年の枝葉で馬を囃し立てた。すっかり乾燥している土地は淡い黄色をしており、湿っている土地は茶色で、さらにしんと静まり返った峡谷を通り抜けて行った。その峡谷には、まだ凍らない水が流れ、藪の下から音を立てて滑り降り、馬のすぐ足元から深い金色のやましぎが飛び立った…この春、そして特にこの日、畑で新鮮な風が正面から吹き付けてきて、潤いで満ちた畑と、黒色をした耕作地をわが物のようにする馬が騒々しく音を立てて大きな鼻で息をし、偉大な野生の力で鼻を鳴らし、本能で吼えたとき、彼にとってどう感じられただろうか?その時、まさにこの春が何日も誰か、何かに恋い焦がれ続け、世界の全ての学生と娘たちを愛した彼の本当の初恋だったのだろう。しかし、今となっては彼にとってどれ程かけ離れたものに感じられていることか!当時彼はそれ程に若く、無垢で、純朴で、自分のささやかな傷心、喜び、そして夢想で気の毒な程胸がいっぱいだった。夢、というより何か奇跡的な夢の思い出は当時の彼の抽象的な、実体のない愛であった。今では世界にカーチャが存在していて、心があって、具現化された世界でそこでは全てが完璧だった。