ロシア文学読書会~ミーチャの愛~

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第二回 МИТИНА ЛЮБОВЬ

 

原文はこちら И. А. Бунин. Митина любовь. Текст произведения. II (ilibrary.ru)

 

その後、すべては以前のように流れていった。いつだって喫煙し、赤ら顔の婦人であり、美しい髪を持った、可愛らしく、心優しい夫人であるカーチャの母親(次の家庭を持った夫と長らく離れて暮らしている)がミーチャに与えてくれた珍しい自由を使い、ミーチャはカーチャを芸術劇場のスタジオや、演奏会や文学の夕べに案内したり、キスロフカ横丁で彼女の近くに座り、夜中の2時まで長居した。カーチャとミーチャはマルチャノフカの彼の学生寮へ走り、彼らの逢引は、いつものように、ほとんどすっかり接吻の重い眩暈の中に過ぎ去っていくのであった。しかし、ミーチャは突然こう感じたのである。突然、なにか恐ろしいことが始まっていた。何かが変化していた。カーチャの中で何かが変化し始めていた。

出会って間もないとき、忘れがたいほど心地良いとき、瞬く間に過ぎていったように、彼らがお互いにとってなら(たとえ朝から晩まででも)何を話しても楽しかったと突然感じられた。

少年の頃、子どもの頃から、子供の頃から密かに待ち望んでいた、あの素晴らしい愛の世界に、ミーチャが不意に自分自身を見いだした時には、その忘れられない気楽な時は、飛ぶように過ぎた。

今回それは12月で、ぎっしりとしたつららと低い太陽の鈍い朱い円がモスクワを飾ったのよりも後の日のことだった。
1月、2月、ミーチャは、(少年時代に憧れた恋)がすでに実現されたか、少なくとも実現しようとしているように、継続的な幸福の旋風の中で愛を渦巻かせた。しかし、それでも、(そしてますます頻繁に)この幸福を戸惑わせ、揺るがす何かが始まった。そんな時には、2人のカーチャがいるように見えた。1人は、知り合った最初の瞬間からミーチャがどうしても手に入れたいと願った彼女で、もう1人は本物であり、平凡であり、痛いほど最初のものと一致しない彼女だった。ミーチャはこれまでこのようなものを経験したことがなかった。

理由はすべて分かっているつもりだった。若い乙女が気にするあらゆることに始まり、買い物、注文、あれこれと際限のない変更が重なり、カーチャは実に頻繁に母親と一緒に仕立屋を訪れていた。そのうえ、彼女は通っていた私立の演劇学校の試験も控えていた。だから、彼女の心配事と浪費癖は仕方のないことに思えて、ミーチャはそれを当然のことと考えていた。そのようなわけで、ミーチャは絶え間なく自分を宥めていた。それでも、彼女を疑う心が次第に強くなっていき、もう抑えられずにすべてをはっきりと確信してしまったとき、彼にはなす術がなかった。カーチャの中の、彼に対する関心が薄れていくにつれて、ミーチャの猜疑心や嫉妬心は強くなっていった。

 演劇学校の校長はカーチャを誉め殺して、カーチャは自分の中に秘めておくことができずに、ミーチャにその賞賛の言葉を話して聞かせた。校長はカーチャに、君はこの学校の誇りだと言ったといい、(校長は誰にでも”君は”と言うのだが…。)通常の授業のほかに、彼女が試験で良い結果を出せるようにと特別レッスンをするようになった。ところが、校長は夏の度に、学生をカフカスやらフィンランドやらに連れて行ってたぶらかしているということが判明した。そして、ミーチャの頭には、もう既に校長は彼女に対して、それが彼女の責任ではないとしても、おそらくは不適切な関係になっているのだろうという考えが生じた。この考えは、カーチャが自分への関心を失っていることがあまりにあからさまなだけに、いっそうミーチャを囚えて苦しめた。
そもそも何かが彼女を彼から遠ざけ始めたように見えた。彼は、校長について穏やかに考えることができなかった。校長がなんだ!別の(ものへの)興味が、カーチャの愛を何か別のものに変え始めてしまったように見えた。誰に、何に?ミーチャには分からなかったから、彼に対して彼女がこそこそと暮らし始めたみたいであることよりも、一番重要なことは、カーチャに対するあらゆるすべて、一般に、彼らによって想像されるすべてのことに嫉妬した。
彼女が彼からとても離れたところに、そしておそらく、考えるのが恐ろしいような何かに、引き寄せられているように、彼には見えた。

かつてカーチャは冗談半分で、母親の前で彼に言った。
「ねぇ、ミーチャ、『家庭訓』の女性について話してなさいよ。そうすれば、あなたから完璧なオセローが生まれる。そうしたら、あなたは誰にも惚れられることもないし、誰もあなたと結婚しないわよ。」
母は反対した。
「私には、嫉妬のない愛なんて想像できないわ。誰にも嫉妬しない人は、誰も愛せない人だと、私は思うけど。」
「違うわよ、お母さん。」
カーチャは、いつもの彼女らしさで、無関係の言葉を繰り返した。
「嫉妬は、愛する人を軽んじることだわ。つまり、私を信じないとしたら、私を愛していないってことよ。」
と、彼女はわざとミーチャを見ないで言った。
「私はね、」
と、母は反対した。
「嫉妬には、愛があると思うの。私だって、それをどこかで読んだ。聖書の例ですら、神は狂信者と復讐者と呼ばれていて、そこではそのことががとても分かりやすく証明されていたわ。


ミーチャの愛に関しては、完全に嫉妬の中にあらわれていた。嫉妬というのは、単純なものではなく、ミーチャにとっては、何か特別なものに思われた。あまりにも長い間ひとりでいた頃に、自分にそれを許していたにも関わらず、彼らは最後の一線は超えていなかった。そしてその間に、カーチャはますます情熱的になっていった。
そうなると今度は、疑いと、ひどい気分を起こす時間となった。ミーチャの嫉妬からくる感情はどれもひどいものだったが、その中でも一つ、ミーチャが定義することも、理解することさえできないものがあった。その感情はミーチャとカーチャの間ではこの上なく幸福で甘く、世界の何よりも最高で、素晴らしかった情熱の発露に含まれていたが、ミーチャがカーチャと他の男について考えると、言い難いほど不快な、どこか不自然なもののように思われて来るのだった。そうするとカーチャの存在は彼にするどい嫌悪を起こさせた。二人きりの時に彼自身が彼女としたことはすえて、彼にとっては天国のような素晴らしさと純潔さでいっぱいだった。しかし、彼が自分の位置に誰か別の男を据えてみると、全て一瞬のうちに変わってしまうのだった。全て、想像上のライバルではなく、何にもましてカーチャを絞め殺したいというどこか下劣な渇望を呼び起こさせるものへと変わるのだ。