ロシア文学読書会~ミーチャの愛~

ロシア文学読書会をしています

第十回 Митина любовь

原文はこちら И. А. Бунин. Митина любовь. Текст произведения. IX (ilibrary.ru)

 

最初の頃に一度だけカーチャは自分に不吉なことが起きる気がした。
ある時夜遅く、ミーチャが裏口に出てきたことがあった。とても暗く静かで、湿った畑の匂いがしていた。夜の雲のせいで、おぼろげな庭の輪郭の上で、小さな星のような水滴が光っていた。すると突然どこか遠くに何か野性的で邪悪なうめき声がしたかと思うと、甲高く吠える声がしだした。ミーチャは身震いして茫然自失し、その後、全方向から敵に監視されているかのように、玄関口から慎重に小道に出た。もう一度立ち止まり、これは何なのか、どこから聞こえるのか、なぜ急に現れて恐ろしい声を響かせ始めたのか聞き耳を立てながら待ち構え始めた。コノハズク、森ミミズクが恋を成就させようとしているだけだと彼は思い、正に悪魔が闇の中に姿を隠してひそんでいるかのように完全に息を殺した。そしてまた突然、ミーチャの心をすべて揺さぶるようなうなり声が響き、どこか近くで、小道の上の方でぱちぱちと音がし始め、騒がしくなり始めた。そして悪魔は音もなくどこか庭の別の場所へ走り去った。そこで、まず吠えはじめ、その後赤ん坊が泣いて訴えるように、悲し気に懇願するように、翼を鳴らして、苦し気でもあり楽し気でもある鳴き声を出しはじめて、金切り声を出して、まるでくすぐりの拷問を受けているやくざ者の笑いのようにとめどなく笑い出した。ミーチャは完全に震え上がって、暗闇に目と耳を釘づけにした。しかし悪魔は突然そこを離れ、鳴くのをやめて、死ぬ間際の鈍い鳴き声を出しながら、まるで地面に潜り込むように暗い庭を横切った。そこからさらに数分、この気がかりな恐怖がもう一度戻るのを待っていたが、ミーチャは静かに家に戻った。そして一晩中、夢の中で病的な真っ暗闇と、モスクワでの3月の彼の恋に帰結する嫌な考えや感覚に苦しみ続けた。


しかし、朝になり、太陽の下では彼の夜の苦しみはすぐに崩れ去った。彼はモスクワを離れるべきだと彼らが固く決意した時に泣いていたカーチャのことを、彼も6月の初めにクリミアへ行くというアイデアに喜びながら飛びついてきたカーチャのことを、それから感動的なほど彼女がミーチャの出発の準備を手伝ってくれ、ターミナル駅まで見送りに来てくれたことなどを思い出すのだった。彼は彼女の写真のような肖像画を取り出し、長く、長く、彼女の着飾った小さな頭を見つめ、彼女のまっすぐな、開かれた(少し丸い)目つきの美しさ、明晰さに驚嘆した。それから特に長く、特に心のこもった手紙を書きあげる…再び彼らの愛を信じる気持ちに溢れ、そして彼女の愛情と輝きが彼の生と喜び全ての中に存在しているような不断の感覚が再び戻って来た。


彼は、9年前に父親が亡くなったときに経験したことを思い出した。春のことだった。 父が死んだ翌日、戸惑いと恐怖を抱えつつホールを進んだ。そこには、盛り上がった胸の上に大きな蒼褪めた手を重ねて、テーブルの上に横たわり、日に透けた自分の髭で黒くなり、父親は、高貴な服を身にまとって鼻だけを白くした、父親がいた。そこを通り過ぎて、ミーチャは玄関ポーチに出て、扉の近くに立てられた金襴で装飾された巨大な棺桶の蓋に視線をやって、―そして突然感じた。世界には、死がある。
それは、すべての中にあった。陽の光の中、中庭の春の草花の中、空の中、庭園の中...彼は庭に入り込んで、光が散りばめられたリンデンの木々の間の道へ、そしてさらに脇道へ、さらに晴れてきて、木々や初めての白い蝶を見て、初めての甘く鳴く鳥の声を聞いたが、何にも認識できなかった。―すべてに死があり、ホールには恐ろしいテーブルがあり、玄関先には細長い金襴の蓋があった。
以前と違って、どうしてだか、かつてのように太陽は輝かず、草は緑色にならず、春のまだ熱い草の上で蝶が止まらずにいた。―すべてが過去の日々と同じではなく、すべてが世界の終わりが近いかのように変化した。そして、春の美しさ、その永遠の若々しさは、哀れで悲惨なものになった!そしてそれは、長い間続き、春の間中ずっと続き、それよりさらに長く―洗われて、何度も換気された家で、恐ろしく、嫌な、甘い匂いを何度も感じた―もしくはそう思われた。

なんという誘惑、ただ全く異なる秩序のそれを、今もミーチャは感じていたことか。それは春であり、彼の最初の愛の春であり、同様に以前の春とは全く異なるものだった。世界は再度変貌し、再度よその何かに満ちているようだった。しかし、それは敵意あるものでも、恐ろしいものでもなく、反対に素敵に喜びと春の若さと一体になるようだった。そしてその何かよそのものはカーチャであり、もっと正確に言えば世界でもっとも魅力的でミーチャが彼女のために求め、必要としているものであった。今や春の日々が過ぎるのに応じて、彼は彼女にさらに期待していた。そして今や、彼女がいない時に、ただ彼女の輪郭だけが、存在しない輪郭だけ、望まれる輪郭が、何にも違反しない、申し分の無い、素晴らしいもの、彼女に求められているものが、日を追うごとにさらに生き生きと感じられた。彼が見たもの全てに。

第九回 Митина любовь

原文はこちら И. А. Бунин. Митина любовь. Текст произведения. IX (ilibrary.ru)

 

大人になってから実家に住むのは彼にとって初めてで、母親でさえも以前とはどこか違ったように振舞っているが、重要なことは彼の魂に初めての真実の愛が宿っていることであり、まさに彼が幼少期、少年期から秘密裏に彼の全身全霊で待ち望んできたものが既に実現しているということだった。
まだ幼年期に、驚くほど秘密裏に、人間の言葉では言い表せないものがどこかで蠢いていた。いつか、どこかで、同じように春、庭のライラックの傍に違いない、スパニッシュフライの鼻を突く匂いが記憶に残っている―彼は全く子どもで、誰か若い女性の隣に立っているーおそらく彼の子守だろうーそして突然、何かが、彼の前に、天の光でぱっと輝くようにー彼女のその顔ではなく、サラファンに包まれた胸でもなく、何かが熱い波として、彼の中でさざめいていたのだった、それは本当に母親の胎内にいる子どものようだった…。しかしそれは夢のようであった。全く夢のようでありながら、その後、幼少期、思春期、学生時代全てにあり続けた。

子供のための休日に、母親と一緒に来た女の子の一人一人への賞賛、この魅力的なすべての動きに対する秘密の貪欲な好奇心だが、特別で、他とは異なっていた。それは、ドレスと靴を身にまとい、頭にシルクのリボンを付けた、他とは異なる小さな生き物だった。
(これは後に、地方都市で)ほぼすべて秋に続き、隣の庭のフェンスの後ろの木に、夕方しばしば現れた女子中学生を、すでに、より意識していた。…彼女の活発さ、小馬鹿にしたような、茶色のドレス、彼女の髪の丸い髪留め、汚れた手、笑い声 、響く大声。
——ミーチャは、朝から晩まで彼女について考えるようなことはすべて悲しく、時には彼は泣きさえし、飽きることなく、彼女に何かを求めていた。
それからそれは、どういうわけかそれ自体で終わって、忘れられた。そして多かれ少なかれ、また再び親密な興味、体育館のホールで突然恋に落ちる、尖った喜びと悲しみがあった…身体に、心に、漠然とした予感、何かへの期待があった。"
   彼は農村で生まれ育ったが、ある年を除いて、彼の意志に反して、中学生(学生)として市内で春を過ごしていた。その一昨年、彼はマースレニッツァ(懺悔節)に村に到着したとき、病気になって、回復して、3月と4月の半分を実家に留まった。それは忘れられない時間だった。

 

2週間ほど彼は寝て、ただ窓から日々暖かで空の光があふれる世界で成長してくと共に変化していくものを、雪を庭をそこに生える木の幹を、枝を見ていた。彼は見ていた。朝に部屋が太陽によって明るく暖かくなったために、窓に活発なハエ達がはい回っているとことを…そう、別の日の午後の時間に太陽が家の向こう、つまり別の方向へ隠れていくとともに窓の上の青白い春の雪が水色に変わることを、そして青空の、木々の頂点にかかる大きな白い雲を、…また次の日には曇りがちの空に穿たれた明るい隙間を、樹皮の湿ったきらめきを、窓の庇から絶え間なく垂れるため気持ちを喜ばせ、見飽きることのない雫を。暖かな霧が出、雨が降った後、幾日かのうちに雪は消えていき、川は動き出し、喜び、新たに黒くうねり、家にも、庭にもその顔を出し始めた。長い間ミーチャの記憶に残っていたのは3月終わりのある日、彼が初めて野原の高くなった場所まで行った時であった。空は明るくなく、しかし鮮やかに、若く、青白く、モノクロな庭の木々の中で光り輝いていた。野原はまだいきいきと呼吸し、収穫後の畑は荒れ、赤茶けていた。一方耕作された場所、すでに既にからす麦用に耕作されたその場所は、油っこく光り、野生的な力によって黒々と開墾されていた。


彼はこの畑と森を切り開いた土地の隅々まで行き尽くし、澄んだ空気の中で森を遠くから見た。まっさらで小さく、隅から隅までよく見えた。その後、窪地に降りて、太く茂った昨年の枝葉で馬を囃し立てた。すっかり乾燥している土地は淡い黄色をしており、湿っている土地は茶色で、さらにしんと静まり返った峡谷を通り抜けて行った。その峡谷には、まだ凍らない水が流れ、藪の下から音を立てて滑り降り、馬のすぐ足元から深い金色のやましぎが飛び立った…この春、そして特にこの日、畑で新鮮な風が正面から吹き付けてきて、潤いで満ちた畑と、黒色をした耕作地をわが物のようにする馬が騒々しく音を立てて大きな鼻で息をし、偉大な野生の力で鼻を鳴らし、本能で吼えたとき、彼にとってどう感じられただろうか?その時、まさにこの春が何日も誰か、何かに恋い焦がれ続け、世界の全ての学生と娘たちを愛した彼の本当の初恋だったのだろう。しかし、今となっては彼にとってどれ程かけ離れたものに感じられていることか!当時彼はそれ程に若く、無垢で、純朴で、自分のささやかな傷心、喜び、そして夢想で気の毒な程胸がいっぱいだった。夢、というより何か奇跡的な夢の思い出は当時の彼の抽象的な、実体のない愛であった。今では世界にカーチャが存在していて、心があって、具現化された世界でそこでは全てが完璧だった。

第八回 Митина любовь

原文はこちら И. А. Бунин. Митина любовь. Текст произведения. VIII (ilibrary.ru)

田舎での生活は穏やかで魅惑的な日々として始まった。
夜分、駅からの道中でカーチャはまるで周りに淡く消えていくような、溶けていくようだった。しかし、それはミーチャがまだ眠り、我にかえり、生まれた家の、田舎の、田舎の春の、春の赤裸の、そして世界の空虚、そうもう一度まっさらに、そして若く、新しい盛りへの準備をした世界の空虚の少年期から良く知っている印象の新しい側面に慣れる間に、ただそのように感じられ、それから幾日かも同様にそう思われたのだ。

屋敷と土地は小さく、家は古くて気取らず、経済(生活)はシンプルで、大きな中庭は必要なかった-ミーチャの生活は静かになった。高校2年生の妹のアーニャと10代の士官候補生である弟のコスチャはまだオリョールにいて勉強しており、6月上旬までに到着するはずだった。
母のオルガ・ペトロヴナはいつものように稼業で忙しかったので、店員(番頭、手代)だけが彼女を手伝ってくれた-庭で彼を呼んだ使用人頭はよく畑を訪れ、暗くなるとすぐに寝た。

到着の翌日、12時間眠ったミーチャは、すべてを(体の隅々まで?)きれいにして、日当たりの良い自分の部屋-庭に面した東向きのまどがある―を出た。他のすべて(の部屋?)を通り過ぎて、彼はそれらがひどく似通っていることに平穏を感じた。
どれもがすべて、まるで何年も前からあるべき場所にあって、親しんだ心地よい香りをしているようだった。 すべてが彼の到着のために片付けられ、すべての部屋で床まで掃除されていた。 その頃はまだ廊下やフットマンと名付けられていた、廊下に隣接するホールだけが、すっかり磨かれていた。
村から来た日雇い労働者の、そばかすがある少女が、バルコニー扉付近の窓の敷居に立っていた。口笛を吹きながら、上のガラスに手を伸ばしてそこを拭いていて、下の窓に青く反射するのが、まるで遠い、反射のようだった。
メイドのパラーシャは、お湯の入ったバケツから大きな雑巾を引き出していた。裸足の白い足で、小さい踵で浸水した床を横切り、親しげで生意気な口調で、まくり上げた腕で、熱くなった顔から汗を拭いた。

 

「来て、お茶でも飲んで、ママさんがまだ夜明け前に村長と一緒に駅まで行ったのよ、あなたは恐らく知らないでしょうけど…」
その時すぐにカーチャは有無を言わさずに自分のことを思い出させたのだった:ミーチャは袖をまくり上げた女の腕と、窓の向こうの百姓女の上へ伸びているその女性的な曲線、彼女のスカート、その下に強固なベッドサイドテーブルがあり、その下から覗いている彼女の素足などに対する欲望にとらわれた。そしてカーチャの有無を言わせぬ力、自らが彼女のものであることを喜びと共に感じ、この朝の印象全ての中に彼女の神秘的な存在を感じた。

 

第七回 Митина любовь

原文はこちら И. А. Бунин. Митина любовь. Текст произведения. VII (ilibrary.ru)

 

長い春の薄闇がやって来たのは随分前、雨雲のせいで暗く、重たいワゴンは草木の生えていない土地やうすら寒い荒野の中で轟音を立てていた―荒野の中はまだ春というには早すぎた―車掌が切符を見ながらワゴンの廊下を歩いてゆき、ランプにろうそくを差し込む。一方ミーチャは彼の唇に残っているカーチャの手袋の匂いを感じながら、ガタガタ鳴る窓の傍に立ち尽くしていた。まだすべてが最後の別れの瞬間の激しい炎の中で燃えていた。


そしてとても長いモスクワの冬のすべて、幸福ながらも辛く、彼の人生をすべて変えてしまった冬は丸ごとそっくり、既に全く新しいこのような世界の中で、彼の前に立ちはだかっていた。新しい世界の中で、新しいところでも、彼の前に立っているのはカーチャだった。そうだ、そうだ、彼女は誰で、一体何なのだ?愛か、熱情か、魂か、体か?それは何かなのか?何でもない、何か別のものだ、全く違うのだ!ここには手袋の香りがある―果たしてこれもまたカーチャその人ではなく、愛でもなく、魂でもなく、体でもないのか?農夫、ワゴンで働く人、自分の不格好な子どもをトイレへ連れて行く女性、がたがたゆれるランプの中にあるぼやけたろうそく、春の荒野の薄闇―全て愛であり、全て魂であり、全て苦悩であり、全て言い表すことのできない喜びだった。

朝、オリョールで、長距離(列車)のプラットホームの近くで地方列車の乗り換えがあった。それは、30年代の王国のどこかですでに始まった、カーチャを中心としたモスクワの世界と比べると、なんてシンプルで、穏やかで、ありのままの世界なのだろう、とミーチャは感じた。そのカーチャは、今は孤独で哀れで、愛おしく、ただただ弱々しい!


空も、あちこちに淡い青色の雨の雲が散りばめられ、風もやさしく穏やかだった…。オリョールからの列車は、急ぐことなく進み、ミーチャは急ぐことなく、ほとんど誰もいない車内に座って、トゥーラ製の押し型入りクッキーを食べた。 それから列車は速度を上げ、彼を疲れさせ、眠りについた。
彼は上の階で目を覚ました。 列車が止まって、地方であるのに、かなり混んでいて賑やかだった。駅のキッチンの煙が、良い匂いをさせていた。ミーチャはシシー(キャベツのスープ)を喜んで平らげ、ビールのボトルを明け、それから再び居眠りをした。深い疲労が彼を襲った。そして、彼が再び目を覚ましたとき、列車はすでによく知った春の白樺の森を走り、最後の駅の直前だった。
再び春のように薄暗く、開いた窓からは雨やキノコのような匂いがした。森はまだ完全に裸だったが、それでも列車の轟音は野外よりもはっきりと聞こえた。遠くでは、駅の悲しい明かりが遠くでちらついていた。


ここに手信号の背の高い緑色の光があった。―特に、白樺の裸の森の夕暮れの中では、魅力的だった。―そして列車は、大きな音を立てて、軌道を変え始めた...ああ、田舎の哀愁の中、プラットフォームで坊ちゃんを待つ労働者!

第六回 МИТИНА ЛЮБОВЬ

原文はこちら И. А. Бунин. Митина любовь. Текст произведения. VI (ilibrary.ru)

 

 部屋の中で片付けるべきことを最後にやって、客室係の助けを受けながら荷物を歪んだ辻馬車に横たえると、彼はやっとその脇に居心地悪く腰を下ろし、馬車が動き出すとすぐに、出発に際して抱え込んだ思いがこみ上げてきた。-人生のひとつの時代が永久に終わってしまった!-そしてそれと同時に何かが新しく始まるという期待で一気に心が軽くなった。彼はいくらかほっとして元気づき、新鮮なまなざしで周囲を見られるようになったようだった。これでおしまい、さようならモスクワ、そこで起こった全ての出来事!雨がぽつぽつ降り始め、空も曇り出し、小路はがらんとして、石畳は鉄のように黒光りし、家々は果てしなく陰鬱そうに、汚れて見えた、辻馬車は耐え難いほどの緩慢さでミーチャを運び、彼は横に追いやられて息がつまりそうだった。クレムリンを過ぎ、パクロフスカを過ぎて、庭でカラスが雨の中だろうが夕時だろうがおかまいなしにしわがれ声で喚いている小路をまた曲がると、すべてが春めいて、空気が春の香りに変わった。しかし、やっと目的地に到着したとき、ミーチャは人混みの駅のプラットフォーム、さらに既に長く重厚感のあるクールスク行きの列車が停車している3番線を、荷物運搬人を探して駆け回った。そしてどの巨大でぼやけたまとまりのない群衆、停車中の列車からも、すべての運搬人が大笑いや警告の怒鳴り声を上げながら荷物の載った荷車を走らせている中から、彼は瞬時にただ一つ離れた場所に立っていて、この群衆の中だけでなく、全世界の中でも全くの特別な存在だと思える”自分の輝く美しい人”を見つけた。既に一回目のベルは鳴っていて、-今回遅刻したのはカーチャではなく彼だった。彼女は感動的にも彼より先に到着して待っており、気遣いのできる妻、或いは花嫁であるかのように、彼に駆け寄って来たのだった。-早く座って、大切なあなた!これで二回目のベルよ!
そして2回目のベルが鳴った後、彼女はホームにさらに胸を打たれる様子で立ち、すでに満員で悪臭を放っている3等車に触れながらのドアの中に立っている彼を見上げた。


彼女の中にあるすべてのものが魅力的だった―――彼女の可愛らしい顔、彼女の小さな体格、彼女のフレッシュさ、まだあどけなさの残る女性らしさ、若さ、彼女の見上げる輝く目、彼女の空色の控えめな帽子、そして彼女の濃い灰色のスーツ、ミーチャは裏地の生地とシルクさえも熱心に感じた。


彼は細くてぎこちなく、高い粗いブーツと古いジャケットを履いた道に立っていました。それらのボタンはすり減っていて、銅で赤く塗られていました。それでもカーチャは見苦しい愛情のある悲しい目で彼を見た。3つ目のベルは思いがけず鋭く心を打たれたので、ミーチャは狂ったように、そして同じように狂ったように、車両のプラットフォームから急いた。カーチャは驚愕しながら彼に向かって飛び出した。


彼は彼女の手袋にひざまずいてキスした、涙ながらにワゴンに跳び戻り、猛烈な絶頂で彼女に帽子を振った、そして彼女は彼女の手で彼女のスカートをつかんで、プラットフォームに流れていった。彼女はどんどん速く流れて、風が窓から傾いているミーチャの髪をどんどん波立たせた、そして蒸気機関車はますます急速に、ますます容赦なく、傲慢で脅迫的なうなり声で線路を要求した―――そして突然、それは彼女とプラットフォームの端の両方を引き裂いた.

第五回 МИТИНА ЛЮБОВЬ

原文はこちら И. А. Бунин. Митина любовь. Текст произведения. V (ilibrary.ru)

そして4月末、ついにミーチャは自分を休ませに村に行くことにした。
彼は完全に自分とカーチャを苦しめ、そしてこの苦悩は彼女が原因ではがないかのようにますます耐え難いものになった…本当に何が起こったのか、カーチャのせいなのか?そしてある日、カーチャは深い絶望と共に彼に言った。


「もうどこへでも逃げて!もうこれ以上無理よ!私たちの関係性をはっきり知るためにも、一時的に別れる必要があるわ。お母様があなたは肺病だとはっきり思うほど、痩せてしまったんですもの。私にはもう無理よ!」


そして、ミーチャの旅立ちが決まった。しかし、ミーチャは、覚えのない悲しみからではなく、ほとんど喜んでいることに大きく驚きながら。出発が決まった途端、急に全てが元に戻った。結局、彼は昼も夜も休ませてくれないような恐ろしいことは心から(熱心に)信じたくなかった。
そして、カーチャのほんの少しの変化が、彼の目に映る全てを再び変えるのに十分だった。カーチャはまたもや、優しく情熱的になった。―彼は、嫉妬深い性質のからくる間違いようのない敏感さで、それを感じた。―何のいつわりもなく、そしてまたもや彼は朝の2時まで彼女のそばに座り、またもや何か話したいことがあり、出発が近づくにつれ、別居も「関係を調べる」必要性もよりばかげているように見えた。一度だけ、カーチャが泣いたこともあった - 彼女はこれまで泣いたことがなかった ーそして、その涙は突然、彼女を恐る恐る彼に近づけさせ、鋭い哀れみと、彼女の前に何か罪悪感が感じられたかのような感覚で彼を突き刺した。


6月の初め、カーチャの母親は彼女を一緒に連れて、夏の間クリミアに行ってしまった。ミスホル(クリミアの都市)で会うことに決まった。ミーチャもミスホルに来なければならなくなった。
そして彼は荷造りをして、出発の準備をした。人がまだ元気に足を動かしているが、ある種の深刻な病気にむしばまれているときに起きる、奇妙な酩酊の中でモスクワを歩き回った。
彼は病的に、酔ったように不幸であり、それと同時に病的に幸せだった。カーチャとの親密さ、彼に対する彼女の関心が戻ってきたことが、彼の心を動かした。―彼女は、旅行ベルトを購入しに彼と一緒に出掛けすらした。まるで、彼女が彼の花嫁または妻であるかのように。― だいたい、ほとんどすべてが元通り、彼らの恋の最初の時期に似たものだった。

出発の日、プラターソフが別れを言いに来た。中等学校の高学年や学生の中には、世の中の事を知り尽くした年長者のように、穏やかだが陰気な皮肉を身にまとった輩がよくいる。プラターソフはそのような、ミーチャの親しい友人の一人で、ミーチャの秘密主義や無口さにも関わらず、彼の恋愛事情を全て知っている唯一の親友だった。ミーチャが鞄を縛っているのを彼は見つめていたが、ミーチャが手を払うのを見て、悲しげに、また思慮深げに微笑みを浮かべて言った。

「いやあ、清らかな子よ!僕の愛するタンボフのウェルテル、何にせよ、だ、もうカーチャが何よりも女特有の性質を持っていて、それに対して警察長官は何もしてはくれないと分かる頃だろう。君は男の性(さが)で壁を突破して、彼女に精一杯の生命力を見せようとするんだろう、もちろんこれはまったく、たとえどんなに神聖な意義があったとしても間違いじゃない。ニーチェ氏が正当に指摘しているように、君の体は理性が制御している。しかし、この神聖な道で君が自らの首を絞めることも当然にありうる。生き物の世界では、初恋だろうが最後の恋だろうが、自分の色恋沙汰については自分の存在価値でもって清算しなけばならないときだってある。でも、君にとってこの責務は、おそらくもう義務でも何でもないのだから、しっかりして自分を大事にしろよ。大概のことは、焦ると失敗するからな。『ユンカー・シュミット、誓って言う、夏は戻ってくる!』って言うじゃないか、世の中そんなに狭いものじゃないよ。それはカーチャに限ったことじゃない。君の荷造りに躍起になっている様子を見るに、今回の出立にはまったく乗り気じゃないようだが、この楔は君にとって相当大事なんだな。まあ、頼んでもない口出しを許してくれよ、聖ニコライと全ての下僕たちが君を守護しているからな!」

プラターソフがミーチャの手を握り締め、去った後、ミーチャはベルトで枕と寝具を結びながら、開け放った建物の窓から、向かいに住み哀歌を学び、朝から晩まで練習している学生が声を震わせようと努めながら「アズル」(ハイネの詩)を歌うのを聞いた。

そして、また彼はまわりのすべてを、同じように感じた。-―家、通り、それらに沿って行きかう人や乗り物、天気、いつも春らしく曇っている、ほこりと雨の匂い、路地の柵の後ろに咲いているポプラの教会の匂い。
別れの苦さと夏の希望の甘さについて、すべて話した。クリミアで会うときには、何にも邪魔されず、何もかも実現すると。(本当のところは、彼は、まさにすべてを知らなかったのだが)
そして、ミーチャはベルト掛けを急ぎ出し、いい加減に掛け金をかけると、帽子をひっつかみ、キスロフカに向かった。カーチャの母親に出立の挨拶をするために。学生の歌う曲の旋律と歌詞は、余りにも強固に彼の中に鳴り響き、繰り返されていたので、彼は道もすれ違う人も見ずにここ最近の日々よりも更に陶酔感に浸りながら歩いて行った。実際のところ、まさに、シュミット士官(プルトゥコーフの詩の一節)が拳銃自殺を思い至るといったところである。

だが、しかしだ、合致するならさせておけばいいさ、彼はそう思い、また、歌に戻るのであった。庭を歩き自分の美しさを光らせながら、スルタンの娘は庭で噴水の近くに立っている死よりも青白い黒人奴隷に出会い、ある日彼女は彼に尋ねたのである。彼は何者でどこから来たのか。そして彼は次のように答えたのだ。不気味に、しかし温和に、陰惨な純朴さと共に、始まるのだ。

私はマホメットと申します。 そして、荘厳な悲劇的な叫びによって締められるのだ。 私は貧乏なアズルの生まれ、我々は恋に堕ち、死んで行くのです!

カーチャは彼を駅まで見送るために着替えて、彼があれほど忘れがたい時間を過ごした部屋から出るときに、優しく大きな声で話しかけた――最初のベルが鳴るまでに行くと。木イチゴのような赤毛の、かわいらしく気立てのよい女性がひとりで座っていた。たばこをふかし、かなしそうに彼を見る、彼女はおそらくずっと以前から知っていたのだ、すべて勘づいていたのだ。
彼は全身真っ赤で、心の中では震えながら彼女の柔らかくたるんだ手に口づけ、息子のように頭を下げた。一方彼女は母親のような愛をこめて何度か彼の頭に口づけ、十字を切った。
-ああ、かわいい子よー、かすかなほほえみを浮かべて彼女はグリボエードフの言葉をつぶやいた。
ー笑って行きなさい、キリストはあなたと共に。行きなさい、行きなさい・・・。

第四回 МИТИНА ЛЮБОВЬ

原文はこちら И. А. Бунин. Митина любовь. Текст произведения. IV (ilibrary.ru)

 

彼女は全く変わってしまった。
試験の成功は多くを意味していた。それでもやはり、それと、何かしら他の理由が存在していた。
 
なんと素早く、春の訪れと共にカーチャは変貌してしまったことか。派手に着飾り、いつでもどこかしらへ急いでいる若いソヴィエト婦人のように。彼女がやってくると(今や彼女は徒歩ではなくいつも乗り物に乗って移動してくるのであった)ミーチャは自分の暗い廊下の為に今やただ恥ずかしくなるのであった。そう、それは彼女が顔にベールを降ろし、ショールをやかましく揺らして、その廊下を颯爽と通っていく時なのである。今や彼女はいつだって彼に優しく、しかし、いつだって逢引に送れて来、それを早く切り上げるのだった。言うなれば、彼女は再度母親と一緒に裁縫師の所へ行く必要があったのである。

 

「(私たちは)めかしこむのに夢中なだけなのよ、分かるでしょ!」と彼女は言いました。丸く、驚くほどきらきらと輝く彼女の目はミティアが彼女を信じていないことを完全に理解しながら、それでもやはり話しながらいた、何しろ今ではそのことに関する会話ではなくなっていたから。
そして今、彼女は帽子を脱ぐことはほとんどなく、傘を手放すこともなく、飛びはねながらミーチャのベッドに座って、シルクのストッキングで覆われたふくらはぎで彼を狂わせた。


そして去る前に、今晩、彼女は家に帰らないと言った。
「もう一度、母と一緒にあるひとに会う必要があるの!」
彼女はいつも同じことをした、明らかに彼を愚弄する目的で、彼女が、「愚かなこと」と言い表した彼のすべてに苦痛を与えた。彼女は泥棒にでもなったかのように、ドアをちらりと見下ろし、ベッドから腰をすべらせ、急いで囁いた。
「ねえ、キスして!」